ごった煮

職業はITエンジニア、趣味はゲーム、散歩、読書などです。ITに限らずいろんな事をカオスに書いていきます。

都市伝説

やりすぎコージーという番組で芸人都市伝説というコーナーがあり、好きでよく見ていました。他にはオカルト系でムーという雑誌があり、それも好きで中学生ぐらいから若干間を飛ばしながらも読んでいます。

やりすぎ都市伝説 - Wikipedia

こういうオカルト系をそのまま信じる事はないですが、知的好奇心が刺激されるのが好きで見てきました。

さて、今回都市伝説という事ですが、世間には全く出回っていない、私の頭の中の妄想の中にある都市伝説について書きたいと思います。証拠は全くないですし、基本妄想の垂れ流しの都市伝説という事でよければ読んで見て頂ければと思います。

 

みなさんサンカという存在があった事はご存知でしょうか?山の民と言われていた人達で日本の原住民とも言われ、昭和のはじめぐらいまでは実際に戸籍を持たずに山の中でのみ生活していた人々がいたそうです。

サンカ (集団名) - Wikipedia

このサンカ小説の題材にされた事があります。確か出版社とヤクザにサンカ出身の人がいて、その人達がサンカネットワークを使って、戦後大きな会社組織を作っていた、そしてサンカの人々は山への信仰を今も持っているというような物語の構成があったと記憶しています。なかなかロマンがあり面白い小説です。

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私はこの作品でサンカを知り、興味を持って色々本を読んだりした事がありました。

さて話はガラリと変わりますが、前に○○大戦争という映画がありました。この映画はある出版社の何十周年記念の映画でした。芸人さんが多く出て話題になりコミカルながらも大人も楽しめるような映画です。私も観ましたが面白くみた記憶があります。

この映画が出た時に単純に疑問に思いました。なんで出版社の何十周年の記念になるような映画に○○大戦争というような映画を選んだのだろうと。この映画特に原作などはなかったはずです。出版社なら賞を取った作品の映像化など、話題になりお客も入る題材は他にあったと思うのです。

そんな疑問を持ちながら映画を観てみると、その映画、主人公の少年が何故か映画の途中で山に剣を取りに行きます。そしての剣が決め手となり妖怪たちを倒すというようなストーリーだったと記憶しています。

なんか変わったストーリーだなと思っていましたが、ここでサンカの人々が剣を象徴的に扱っていた事を思い出しました。そしてこのように推察しました。

もしからしたらこの出版社の創業者達はフィクションの小説の風の王国のようにサンカの末裔で、何十周年の記念の映画で、サンカの人々の象徴となる剣を山に取りに行かせるストーリーを通じて、同じサンカの仲間の人達に我々はまだ健在だぞっと隠喩的に知らしめたのではないかと。

はい、完全な妄想です。しかしもしこのブログで不利益を被る人がいればすぐに言ってください。すぐに削除します。誰かが幸せになれない物など載せてもしょうがないですから。

以上、妄想の垂れ流しでした。

大卒の優位性

大卒の優位性について、書きたいと思います。ちなみに筆者は高卒です。大卒だからと優越感を持っている訳では無いのであしからず。。

相対的に優秀である

みんながみんなそうでは無いですし、大学にもよりますが、高卒に比べると知識の総量、幅、思考能力などで相対的に優秀です。職種によっては大卒であろうが、高卒であろうがあまり関係の無いような職種もありますが、ブルーカラーの職場で大卒軽視のような風潮があるような所はブラック率が高いです。あくまで相対的に優秀だという事で。もちろん高卒であっても優秀な人はいます。

肩書きと人脈

人脈を作る為、旦那を捕まえる為に大学に行くというような人も中にはいます。大企業になれば有名大学で無いと出世が難しい所もあり、これは明らかな優位性となります。

我慢強い

大学に入れたという事は、面白くも無い勉強を我慢強く続けられたという事になります。おそらくこれが社会に出てからの実質的な一番の優位性になるのでは無いでしょうか。仕事をやっていて楽しいのは1割にも満たないのがほとんどでしょう。面白くも無い仕事を我慢強くやる必要があります。大卒であれば飽きっぽい人や忍耐力が無い人では続けられないような仕事でも続けられる可能性が高まります。

もし自分が人事担当でネームバリューがある会社にいるなら大卒で、その人物自体を見るような採用方法を取るでしょう。我慢強いというのは何者にも変えがたい特性です。

ただこれだけでは高卒に救いがありません。大卒であっても社会に出て勉強しない人は多くいます。必要に迫られての資格勉強など以外はほとんどしないという人がほとんどでないでしょうか。出世に学歴があまり関係のない会社、或いは、起業などで戦略的に勉強する時間を取って、知識、思考能力を高めていけばのし上がっていけるはずです。

意思あるところに道が路が拓かれる

誰が言った言葉か忘れましたが、なんとなくかっこいいのでこの言葉で締めます。(言葉は信じない by 銃夢

君の膵臓を食べたいを読んで

君の膵臓を食べたいを読みました

君の膵臓をたべたい - Wikipedia

ジャンルは恋愛物。タイトルは気にはなっていましたが、恋愛系の小説を読んだのは初めてです。

なぜ興味の無い恋愛系の小説を読んだかというと、下記より

numbers2007.blog123.fc2.com

おぎやはぎの矢作がこの小説で号泣したというのを読んで。結構ドライな感じがする人なのに号泣ってどんな小説なんだろうって思ったのがきっかけです。

小説は予想を裏切り面白く読むことが出来ました。主人公の内、女性の方が不治の病にかかってしばらくしたら死ぬって笑えない設定なのですが、ある程度、コミカルなやり取りもあり、暗くならず、面白く読むことが出来ました。

純文学系の恋愛小説を自分がこれほど面白く読むことが出来たのは不思議です。恋人未満の関係性の掛け合い、やり取りや物語の展開の仕方が面白かったからかな。

小説はちょくちょく読んでますが、ここ数年読んだ中では一番の傑作でした。この小説ですが、小説の賞に何個か応募してダメで、最後小説サイトに投稿して話題になって文庫化されたという経緯があるようです。

君の膵臓をたべたい - Wikipedia

審査員や出版社の人間は何を見てんだと思いましたね。目が節穴どころかプロ失格レベル。素人目から見ても面白いし、ウケるだろうなというのは判断つきます。

さて小説を見て号泣とはいきませんでした。ちょっと涙が出たぐらい。何でだろう?女性に対する保護欲みたいなのが強い男性の方がくるのかもしれないですね。理由はネタバレになってしまうので小説を読んで見てください。

小説で本気で泣いたのは「東京タワー オカンとボクと、時々、オトン」のみ

東京タワー 〜オカンとボクと、時々、オトン〜 - Wikipedia

この小説はオカンを扱っているので卑怯です。

作者の住野よるさんはこの小説が実質デビュー作のようです。人との関わりややり取りを描かせたら右に出るものはいないと思わせるような非凡な才能を感じました。今は兼業でされているようですが、今後も面白い小説を書いてくれる事を期待したいです。

人はなぜ小説を読むのでしょうか?面白いから?ドキドキハラハラするから?続きが気になるから?色々な理由があるでしょうが、この小説を読んで架空のフィクションの中に真理を見出す、というの付け加えられるなと思いました。

世界は基本的に虚構で成り立っています。その虚構の中から人はその人それぞれの真理を見出す必要があります。 自分を形作る物を。自分の根幹となる物を。そしてそういう物は実体験としてよりも小説などからの方が抽出しやすい場合もあるかもしれません。自分だけの神話を作る。その為に私たちは小説を読むのかもしれません。

 

小さな村の物語

小さな村の物語という番組があります。

www.bs4.jp

BSなので加入していない人は番組は見れないです。

実家はBSに加入していたのでなんとなく見ていた所、気に入り、一人暮らしになってから見れなくなったので、高いDVDまで買ってしまいました。

そんなに面白いかというと、そうでもないですが、一種の癒しとして楽しめます。

イタリアの田舎の人々の日常を描いた物語で家族が必ずと言っていいほど出てきます。素朴な様々な人々の日常生活を垣間見ることができます。放送毎に2組ぐらいの家族がフォーカスされます。

この番組は日テレが製作していますが、どことなく昔のNHKスペシャルのような感じがあります。僕は昔のNHKスペシャルが好きでした。なぜかというと昔のNHKスペシャルは意味性の無い物に凄い労力をかけており、その無駄というか、無常感がたまらなかったからです。自分自身が目的主義的な所があり、そのような思考形式だと決して製作されないであろう番組に引かれたのかもしれません。

話は変わりますが、男性の場合、目的主義なのか、経過主義なのか測れる質問があります。それは風俗かキャバクラどっちに行くか?という質問です。

目的主義の男性は風俗と回答します。目的は一緒なのだから最短ルートを辿りたいという思考方式です。経過主義の人はキャバクラを選びます。目的は一緒だけど経過を楽しみたいという思考方式です。これで一概に全てを判別できる訳では無いですが、最短ルートを辿りたいから風俗と答えた人は目的主義的な傾向が強い人です。

話がそれましたが小さな村の物語に戻りたいと思います。なぜ自分がこのような番組に惹かれるのか疑問でした。見方によっては退屈な番組です。自分は映画などはアクションやサスペンスなどが好みなのに全く系統が違います。その答えの一つとして、イタリア人は結構村社会的な人々なのだという事を最近知りました。

イタリアは欧米なので個人主義なのかと思いきや、結構同調圧力などあり、サービス残業などを周りがやっているからといってしてしまうような所もあるようです。日本のように相互監視があるとか。番組ではそんな所は強調されていないので気づきませんが、無意識的に自分達と同質的な物に対して親近感を抱いていたのかも知れません。

またイタリア人は家族を非常に大切にします。これも番組で強調されている訳ではありませんが、家族の繋がりが強かった昔の日本を垣間見ているのかもしれないです。

なぜ小さな村の物語に惹かれるのか?という疑問ですが、この番組を通して、素朴な人々の日常から家族の繋がり、古き良き日本を擬似的に垣間見ていたのかも、というのが結論です。

BSですし、DVDは高いし、レンタルもされていないので見るのは難しいかもしれませんが、一度は見ておいても損は無いと思う番組です。

小さな村の物語、素朴な田舎の人々の日常を落ち着ける音楽と共に楽しめる、古き良き日本を垣間見る事ができる、そんな番組だと思います。

 

 

陰謀史観

まず最初に断っておきますが、本ブログの内容は基本妄想の垂れ流しになります。都市伝説ぐらいの感じで捉えて頂ければと思います。

さてタイトルに「陰謀史観」とつけましたが、内容についてざっくり言うと戦後アメリカによる日本の暗然たる支配についてです。

直接的な支配は人々の反感を買いますし、また革命が起こる危険性もあります。誰か、もしくわ、何かを支配しようとする時は支配されている側が支配されていると気づかないように暗然と支配するのが賢いやり方でしょう。

ではこの暗然たる支配をアメリカはどのように行なっているのか?資本主義で民主主義の国家を暗然と支配するにはどうしたらいいでしょうか?

それは司法とマスコミを抑える事です。司法と言っても最高裁判所などの最高機関ではなく検察です。裁判所は法に基づいて判断を行うため、支配する側の影響力を行使しづらいです。しかし検察であればピンポイントで影響力を行使する事ができます。例え無罪となろうとも有名人に対して検察が動けば大きく報道されます。

マスコミについては言うまでもないでしょう。

ではこのような考えになぜなったか?と言う論拠を示していきたいと思います。

まずホリエモン事件。あの事件については不可解な点がいくつかあります。

 

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ホリエモンが有罪となった事件ですが、大企業では最近東芝粉飾決算を数千億という規模で行なっておりますが、逮捕者などは出ておりません。ホリエモンの事件の場合は数十億のレベルですが、検察から推定有罪とも捉えられるような動きがあったようです。

www.youtube.com

動画の中で堀江氏自身が事件で逮捕された理由について、虎の尾を踏んだのではないかと語っています。戦後から日本を暗然と支配してきた人たちの怒りを買ったのではないかと。。

他の有名な事件といえばロッキード事件などでしょうか。ロッキード事件にはアメリカの策略説があります。田中角栄が独自の資源外交に乗り出した為にアメリカに潰されたとする説です。

www.j-cast.com

他に有名な政治家では小沢一郎は元々親米でしたが、その後、親中親朝などに変わったそうです。全部読んでいないですが、下記ブログには「日本の歴代首相は親米以外生き残れない」などありますね。

www35.atwiki.jp

親米の政治家と言って最初に思い浮かぶのは小泉純一郎元首相です。構造改革を行い、自民党の汚い既得権益を潰した英雄のような報道を当時されていましたが、私は彼はある意味、売国奴だったと考えています。ある意味というのはアメリカの意向に従って彼の国の都合のいいように色々動きましたが、愛国心自体はあり、自身の権力欲の為に彼の国の言いなりにある程度、動いて見せたという意味合いです。

上記の根拠は省きますが、小泉純一郎、郵政改革、アメリカなどとクグっていくと色々と出てくると思います。

権力者や有力者を潰そうとする場合にマスコミと検察が一体となって動くとすれば、どんなに力のある権力者であっても、法治国家で民主主義である以上、回避する事は不可能です。

上記のような事柄などにより、私は「日本はアメリカにマスコミと司法を抑えられている事によって暗然たる支配を受けている」という考えとなりました。

もしこのような暗然たる支配を崩そうとするならマスコミを抑えるのが一番有効な手立てでしょう。マスコミを抑えれば検察が不正や不平等と思われるような捜査を行なった時は追求する事ができます。検察による不正は時々小さいニュースにはなりますが、それを大々的に追求するような報道は戦後日本では行われていないというのが事実でしょう。その意味でもホリエモンは正に虎の尾を踏んだのではないかと。。

以上、妄想の垂れ流しでした。

「この世界の片隅に」をみて

映画「この世界の片隅に」を見ました。

www.youtube.com

PS4でなんか面白い映画ないかなーと探してて、たまたま見つけた映画だったんだけど、結論から言うとすごくよかった。。

戦争映画ですが、涙頂戴な映画ではないです。自分は泣けなかった。「火垂るの墓」程重くはないし、泣けない。戦争を体験した主人公の女性の平凡な日常から戦時、戦後への経緯を描いた映画です。

では何がよかったか?と言うとアニメの映像の美しさ、声優のんさんの主役の声のハマり具合、そして何より平凡な日常を描いた映画を面白く見せてくれた所ですね。この映画は新しい映画体験をさせてくれました。

平凡な日常を描いていると言っても、なんか文化的な映画とかそういうのではないです。そういうのは面白くないから。。多分アクション映画を面白く見せるよりよほど難しいんじゃないかと素人ながらに思います。

観た後、知ったのですが、この映画評価がすごい高いようですね。みんなこの映画を観てどう感じてるんだろう?って思って少しくぐってみました。否定的な意見もあるけど、肯定的な意見の熱量が強いというのを感じましたね。

news.nicovideo.jp

eiga.com

さらにくぐっていくと専門家も絶賛。

ch.nicovideo.jp

アニメーションの未来を変えたとまで言ってますね。素晴らしい!個人的に印象に残ったのは天才でなくても傑作の映画を作れる、という所。

ここまで来ると片渕監督の事も知りたい。。

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資金がない中、映画作りを進め、家族4人で1日100円の極貧生活を送っていた事もあるようですね。制作期間約6年。まさに執念。

さてさて、これからが本ブログで書きたかった事です。この映画は新しい映像・映画体験と共に自分に希望をもたらしてくれました。その希望とは粘り強く努力を続ける事に対する正当性です。

アニメ映画で天才と呼ばれる人たちには、宮崎駿押井守庵野秀明などの人たちがいますが、片渕監督はそのようなエキセントリックな天才という感じはしません。映画を観ると、この監督は地道な努力をコツコツと積み重ねてきたんだろうな、と感じます。その結集としてこうした傑作映画が生み出されたんだろうなと。

最近読んだモチベーションの継続系の本で以下の本があります。

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この本には粘り強く努力する事で、才能がない人でも才能がある人で努力の総量が少ない人より結果として高い能力を持つことができる、という事を学術的に研究して、証明している事が書かれています。

片渕監督はこの本に書かれている事を地で行っている人ではないかと。もちろん天才と呼ばれている人もユニークな努力や稀有な才能を伸ばす努力などを常人より遥かにしているとは思います。しかし天才性の追及ではなく、地道な粘り強い努力をする事を肯定してくれた「この世界の片隅に」はここ10年ぐらいの映画体験の中でもっとも印象に残るものになりました。

ゲームで学んだ事

1年ぐらい前から好んで多くの時間をゲームに費やすようになった。

日本のみならず様々な国の人とも一緒にプレイをし、その中で色々な学びがあった。

人との関係性の中に目標が混じり合ったら人は強い動機付けとモチベーションを得る

そもそも自分が社会人になってからこんなにゲームにハマったことはなかった。なぜハマったかと考えて見ると、ボイスチャットでコミュニケーションを容易に取れるようになったのと、難しいミッションをクリアしたいとか対人戦で勝ちたいという動機だと思う。あとは少し低い動機になるがレアアイテム欲しさかと。

フランス人はクソ

オンラインゲームをやっていると海外の人ともやる機会がある。そして海外の人とやるといろんな特性が見えてくる。日本人は臆病で群れる。東洋人系は群れるのが多い。中国人は馬鹿なんじゃないかと思うようなイケイケの人がいる。韓国人は日本人に似ている印象。アメリカ人は意外といいやつが多い。但し少し独善的なやつもいる。欧米人は個人で行動しているやつが多い。イタリア人は不真面目な奴がいる。日本人以外は総じてゲームの個別のミッションのギミック(やり方)を理解していない奴が多い。そしてフランス人はクソ。

フランス人の何がクソなのかと問われると返答が難しいが、個人主義の極みをいっているような感じがする。そしておそらく日本人、東洋人などを見下している印象がある。

これは自分だけの印象なのかと思っていたら、2chで外人の中で一番ダメなのはフランス人という投稿があり、多くの人が同意していた。ゲームだけでも色々分かるものなのね。

怒る馬鹿

ゲームやっていると怒り出す馬鹿が結構な割合でいる。おそらく自己愛が強すぎるタイプ。怒っている理由は他の人から見ると何様?という事が多い。視野が狭く、自分だけの世界で怒っているから他の人から共感も得られない。自身も腹が立つ事もあるが反面教師になる。

idにkingつけてる奴はロクなのいない

これは前記の自己愛につながるかなと。俺が王様なんて主張している奴にロクなのはいないでしょう。まあ大体は当てはまらないと思うけど。

突き詰めれば心理戦

自分がやっているのがFPS系なのでエイム(銃弾を当てる技術)がうまいとかの要素が最も重要なのだか、なんで勝てないのか、なぜ負けるのかと突き詰めていくと心理戦に突き当たる。まあ心理戦も一つの要素にしかすぎないが、物事を多面的に見る事の重要性は学んだ気がする。勝てないのは下手なだけではないんだよね。

道徳観念の大切さ

自分がやってるゲームにDivisionというゲームがある。これはFPS系のRPGという位置付けのゲームだか、それにダークゾーンという対人エリアがある。このダークゾーンでは対人だけでなくゲームの敵もおり、アイテムも集めることができる。そして対人戦で勝つと集めたアイテムを奪うことができる。

ダークゾーンは個人で行く事もできるが4人までのパーティーで行く事もできる。パーティーは固定フレンドやオートマッチングで知らない人と行く事も可能。対人戦で人を攻撃するとそのパーティは全員ローグとなり、ローグでない他の人達に分かる仕組みになっている。

このようなゲームの仕組みになっており、裏切り、奇襲、不意打ちなど卑怯な振る舞いはなんでもありとなっている。そして対人エリアにも関わらず、対人戦を好まずローグを嫌っている人がいる現状。それは主に道徳的な理由から。人が頑張ってアイテム集めてるのに殺して奪って何が楽しいんだと。

自分も最初はローグになるのを避けていたが、それは徐々に薄れていき、今では積極的にローグをやっている。道徳観念って人の欲望を抑える為にあるのねっていうのに気づく。男は殺したい生き物だ。ゲームだからできる事だけど。道徳って突き詰めれば自己防衛の為の虚構なんだよね。戦争時に人を多く殺すと英雄だけど、平和な時だと最悪の犯罪者ってのはよく言われる事。

だから道徳観念は大切だと。逆説的だけど。

以上