ごった煮

職業はITエンジニア、趣味はゲーム、散歩、読書などです。ITに限らずいろんな事をカオスに書いていきます。

殺すからこそ愛するのです

「殺すからこそ愛するのです」

これはとある畜産業者の方がテレビで言っていた言葉です。この方は牛一頭一頭に名前を付け、愛情を注いでいました。

私の知識ではこういった食用の家畜を育てている方々は、家畜に対して情を移さないようにするのが常識、という物でした。情が移り、食用などにする為に殺さなければならなくなった時に心が痛む為です。これは専門職としている人以外でも容易に想像でき、理解できる事でしょう。

ですが、「殺すからこそ愛するのです」と言っている人がいました。この人は家畜を殺す事で、その家畜の肉を与えてもらえる。だから殺すまでにできるだけ愛情を与えておく必要がある、という考えを持っています。このような考え方は私にはありませんでした。

家畜を愛し、情が移ったら殺す時に心が痛む。だから愛さないし、情を移さないようにする。このような考えは、考えてみれば自分の心の痛みだけを主観に置いたものです。相手、対象の事など考えれていません。真の思いやりとはこういった態度を言うのかもしれません。

ただこのような考えを人間関係にそのまま適用してしまうのは危険です。私は愛しているのだからあなたは私の期待に沿うべき、という愛の束縛になってしまう可能性があります。例え愛する家族であっても、他者はその人の期待に全て応える義務はありませんし、独立した個人として扱うべきです。

実際に、「殺すからこそ愛する」という考えを持って自分が同じように畜産業者としてやっていけるかと想像すると疑問です。私の場合は犬などペットを殺処分ではなく、寿命などで死んだだけでもかなりの心の痛みを伴います。畜産業者の子供として生まれ、このような事実に直面するともしかしたらグレてしまうかもしれません。

心の痛みとまで言ってしまうと少し大げさかもしれませんが、このような人生の悩みに関しては、痛みを引き受けない事で人は不幸になる事が往々にしてあると思います。例えば悪気などないが、自身の心の痛みを無意識的に避ける事で、他者に対して不寛容、思いやりを欠いた行動になってしまい、人間関係の悩みやトラブルに繋がってしまうなど。

ただこのような事実は理屈としては分かったとしても、人生で生きる上でそのまま適用するのは難しい物です。激情などの感情も一瞬でやってきますし、コントロールしようとすると返って悪化してしまうような事もありますので。。